2026/08/22 14:40


(この記事は2025年10月にnoteで公開されたものです)


「HANAさん、その“〇〇”ってことばに引っ張られすぎてない?」


会社員時代、上司や先輩によく言われた。


商品の紹介文やコピーを考えるとき、どうしても使いたい単語や表現(たとえば「人生100年」みたいな、便利すぎるが故に人々にこすられすぎて擦り切れたようなことばたち)を先に置いてしまう。そうしてそのことばに合う文章を作ってしまって、結果的に本質的なところがズレた代物が出来上がる。


ヘコんだ。ことばを操るのは得意だと思っていたから。


子供の頃から読書が好きで、語彙力もそこそこ豊かな自覚がある。こと日本語においては上の世代の方が使うような表現もよく使う。小学2年生から洋楽に親しんでいたから、英語の勉強も苦にならなかった。認めたくはないけれど、恐らく芸術における表現手法としては絵画よりも文章の方が達者なものがつくれるのだと思う。


読める。話せる。聞ける。書ける。


ことばの世界にいるとき、私は水を得た魚のように自由に泳ぎ回ることができる。


でもこの言語能力は、いわゆる「コミュニケーション能力」とはまったく別物。


コミュニケーションとは結局、「いかに相手の心に耳を傾けるか」という行為で、これは日常会話からコピーライティングまで、どんなシチュエーションでも同じなんだ。受け取る人の気持ちを知らずして、コミュニケーションは成立しない。


こんな簡単なことを、私は30手前まで気づかずに生きてきた。あー、こんなこと書くの恥ずかしいな。


でも、気づいてからは、少しずつ変わろうとしている。


あなたがいるから私がいて、私がいるからあなたがいる。溶け合って、私たちがいつか、おおきなひとつの愛になれたら――


ウブントゥ。これは日々闘いながら生きる私の、密かな願い。


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もうひとつ、気づいたことがある。


言葉は心を超えない

とても伝えたがるけど 心に勝てない

『SAY YES』by CHAGE and ASKA

どんなにことばを尽くしても、伝わらないことがある。


心から愛している人に「愛してる」とささやいて、そのことばの稚拙さと陳腐さにやりきれなくなった夜。


魂で感じていることをどうしても伝えたくて、でもことばにできなくて、黙り込むしかなかった朝。


ホモ=サピエンス―「知恵のある人、賢い人」。


ことばを自在に操れることは、たくさんの知識をことばで吸収し発散できることは、私たちをホモ=サピエンスたらしめているのかもしれない。


でも私たち「ニンゲン」は心と心で、もっと言えば魂と魂でつながっている。


そんな私たちのつながりを、ことばを超えて強くするもの。そのひとつがアートだと思う。音楽。映像。ダンス。絵画。それから......


そう、だから私はアートする。

ことばを越えた先にある「何か」を知りたい。

ことば以上に何かで、あなたと語りたい。


あなたと、つながりたい。




HANA