2026/08/22 14:35


(この記事は2025年10月にnoteで公開されたものです)


知床はわたしを拒んだのだろうか

知床はわたしを受け入れたのだろうか

知床はわたしを待っていたのだろうか


はじめての感情が全身に刻まれてゆく

四半世紀以上もこれを求めて

生き延びてきたのだ


もう知ってしまったから

もう踏み入ってしまったから

もう抱かれてしまったから


わたしの魂はこの土地と深く深くつながった


後戻りはわたしがゆるさない



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二か月ほど前、Instagramに投稿した詩。


初めて北海道・知床半島を訪れたときに感じた機微をできるだけ噓なく、偽りなく表現したつもりのことばたち。



あの日、7月27日の昼頃。


国立公園に入る手前あたりから、私は喋れなくなってしまった。何か言おうとしても、言葉が喉の奥で詰まる。声の代わりに、涙が次から次へと流れ落ちて止まらない。


北海道に来てから似たようなことは何度かあったけれど、ここまで体が言うことを聞かないのは初めてだった。


まるで知床という土地が意思を持って私に乗り移っているような、そんな感覚。



「知床はわたしを拒んだのだろうか

知床はわたしを受け入れたのだろうか

知床はわたしを待っていたのだろうか


はじめての感情が全身に刻まれてゆく」



冒頭のこの一節は、そんな戸惑いから生まれた。



友人の運転する車でさらに北に進むと、私は徐々に落ち着きを取り戻した。


そして、気づく。



「私は、この場所を知っている」。



知床に来たのは人生で初めて。(そしてお恥ずかしながら)実際に訪れるまで、写真も映像もほとんど目にしたことがなかった。


でも、私であって私ではない誰かが、この土地を知っている。先祖?前世?それとも......



ほんとうのことはわからない。けれど、あの日私はたしかに、大地に、木々に、草花に、海に、厳しさとぬくもりと、愛を見た。


思い上がりでもいい。勘違いでも構わない。


私は、来るべくしてこの地を訪れ、つながるべくしてこの地とつながったのだ。


わたしの魂はこの土地と深く深くつながった


後戻りはわたしがゆるさない


HANA